がいな男  26 関東大震災

 関東大震災の死者は10万人強だったが、その8割が焼死だったという。二百十日のこの日は台風が日本海に抜け、関東はフェーン現象で強風が吹いていた。このため木造家屋の多い下町が全焼した。
 がいな男が心酔する渋澤栄一後藤新平の大震災に関するエピソードがある。
渋澤栄一は「今思うと、今回の大震災は天譴(てんけん)だとも思われる。吾らの文化は果たして道理に叶い天道に叶った文化であったのだろうか」と語って中国由来の天譴論を唱えた。今では考えられないが、当時の財界人など著名人らが、日本史上、未曽有の大災害にこのような発言したそうだ。
 前東京市長後藤新平は、震災後の復興院総裁として「これは復旧ではなく復興である」として莫大な復興予算を計上して大風呂敷と呼ばれた。しかし後藤の幹線道路の道幅100メートルの立案は、今の「明治通り」「昭和通り」などを見ても先見の明があったと言うしかない。
 がいな男は、自書『沈みつ浮きつ』で、……後藤さんをおおざっぱな人と思うのは大なる間違いで、私が大正9年に欧米を回った時に、イタリーのベニスで見出した大理石の美人の裸体像を注文しておいたのが、私の帰って来た後に着いたからその荷造りを解いて、後藤さんの所へ持って行くと、その礼も述べずに「これはどうして解いたのか」と聞かれた。で「私の注文をしておいた先で、荷作りをして、後から送ってきたのが、一両日前に着いたから、その荷作りを解いて、今日あなたに差上げようと思って持ってきたのである」と答えると「君は船舶業者でないか、この荷作りをどういう風にしてあると思う。その荷作りを見たか」そういわれる。私は「どういう荷作りだか、荷作りなんか見ない。家の下男どもが解いたのであろうと思う」と答えたら、今度は目を丸くして「日本の海運業者たる君が、荷作りということにそういう関心がないからじつに困ったものだ。イタリーのべニスから東京まで、この大理石の精巧な美人の裸像が、目に耳に、手足の指先に微細なる欠けでもあったらば、その価値にいかに影響するか。これは非常なる問題だ。日本人は、船舶業者も陸運営業者も鉄道も、荷造りということに関心を持たないから、その運送品に対して、破損破壊、年々その生産に対する損失は莫大なものである。日本人はただ送り出したら自己の義務終わりという考え、これが無事到着するものであろうかと、受け取るものの心理状態となって考えるということをしない」というような言い方で、せっかくの土産も喜ばれる顔どころか、まるで警察へでも呼ばれて叱られる時のような調子で、しみじみと戒められたのであった。
この一事をもって、私は、後藤さんがいかに緻密な考えの持ち主であったかということを考えさせられる。……と語っている。

内航海運新聞 2022/8/1