『欧米独断』 これやかれや

吉次郎は目次…第四「これやかれや」の章で、日記、和歌、俳句を思出草として書いている。
3月31日 ブルックリンへ往き宇和島運輸会社の豫洲丸を訪ふ。
  日の御旗仰ぐとだにも尊きを我がゆかりある船をとひ来て
4月1日夜、汽車にてボストンに至り、早暁晩霞丘を尋ねハーバード大学、博物館を視る。
4月5日華盛頓に至り松平大使と語りて吉廣君等の好意に由り、観るべきものの多くを巡覧し櫻酒貰ひて晩餐後バッファローに向かい、6日ナイアガラ瀑布を観、7日紐育に帰る。
ポットマック河畔に東京市寄贈の櫻樹を7哩の長きに及ぶ、染井芳野は7分散りて八重少し開けり
  移されしさくらの花に此国のひとのこころもなごやくと聞く
  河沿にながくもえにしさくらかなすみ田堤はものしもあらず
4月9日村井君など多くの人々に送られモンソン號に乗りてブラジルに向かう、人情国態おもえば限りもなし
  外国にさすらひてこそ知るべけれいにしえ人のなさけ深さを(米国禮讃)
  何事か思いのままにならざらんけにも豊けき國のとみかな
4月13日我乗れるモンソン號は正午に夏至線を通過す
  きのふまで寒むしささむしといひつるにはやくもかふる夏ころもかな4月19日右舷に山見え、三角帆はれる漁船多し、午後二時ごろには大なる町もみゆ、劣塔煙突、人家歴々双眼鏡に入る
  船をだに見るをうれしと思ひしに山さえ見えつまちさへも見ゆ