伊予吉田の文化遺産 (吉田風物畫帖/小林朝治著) 第3回 吉田病院

吉田町長時代に清家吉次郎は内科、外科、産婦人科などが備わった病院を建設する計画を練っていた
盟友山下亀三郎と名医を求め東京に足を運んだ、院長に伊藤醇造を得て大正10年10月10日に開院した
舶来のレントゲンが日本で3台輸入され、その内の1台が吉田に来た、名医伊藤の名は郷土に知れ渡った
昭和2年から眼科を置き、小林袈裟治が着任した、無逸伝には「当職の成績宜しき上に芸術家として一種の
風格を備え、評判のよい人であった」と記されている