吉田三傑「村井保固傳」を読む 30

時勢に先鞭
世界における陶磁器界について記されている。つまり米国は労賃が高いので高級磁器の製造は振るはない。英国は専ら高級陶器の製造に重きを置いている。独り高級磁器を以って世界に覇を争うものは佛独両国である。米国に於いて富豪の家庭が佛のハビラントか、独のローゼンタルを備えなければ食卓の寂莫を感じて、富の誇りなしとさへ云われる程である。
然るに一旦、後進日本の出現で佛独とも背後に落ちた観がある。今や「則武チャイナ」は世界の市場に燦然として王者の優位を占める。

御臨幸の光榮
畏き辺りに於かれては、陶磁器製造工業に於ける森村組の貢献に鑑み、表彰の御思召しを以って、昭和2年11月陸軍大演習の砌、名古屋の日本陶器会社に御臨幸の御沙汰を賜った。
当日 聖上陛下には廣瀬社長始め森村、大倉各重役の御案内で二千有余の職工が制作に従事して居る各工場を御巡覧あらせられ、時には職工と咫尺の近くまで制作の過程を覧そなはせ給うので、可憐なる職工は畏れ多ふさと有難さにポロポロ涙をこぼしつつ、謹みて仕事を御覧に入れ奉つたものである。
ほど経て、愛知県知事に拝謁を賜わりし際、陛下には、
「あの工場は善く整頓して居る」
と特別の御諚ありし由、漏れ承りて一層面目を施したものである。
これより先御奉迎の準備で、御巡覧あらせらるる構内の御道筋は、諸人孰れも警戒の役を志望したるに引換え、裏門方面は一層厳重に注意する必要ありと云われ、特志の志願者が出でてわざわざ隠れた方面の警戒に当たるなど、彼と云い此れと云い草莽布衣の人々に至るまで、事苟くも皇室に関する場合には至誠献身に変わりはなく、イザとなれば随時随所に爆弾三勇士の現れることが思い合わされ、いとど感涙留めあへなかったものである。
因に大正6年、大倉孫兵衛に緑綬褒章を賜わり、尚ほ大正3年先代森村市左衛門に男爵を授け賜ひしなど、何れも貿易と製造工業に関する功績御嘉賞の聖意に外ならぬものとして、両家は申すに及ばず、部下幾千の社員職工まで、均しく光栄に浴した思いで、感を深くしたこと勿論である。