小林朝治生誕地 信州須坂を訪ねる 1

4月10日好天、須坂へゆく。北陸新幹線で長野下車し長野電鉄に乗り換え25分で須坂駅に着く。
タクシーで「須坂版画美術館」へ、桜は東京より10日遅く今が満開でいい時にきた。
須坂市はかなり高地なのか、山が迫って見える。遠くの山々は雪をかぶっている。
朝治の本籍は高井郡須坂町大字須坂56番地で、今は本上町(ほんかんまち)と呼ばれている。タクシー運転手に聞くと今走っている所がそうだ、という。
駅に近く街の中心部に在る。美術館は千曲川の支流百々川を越えた静かな畑の傍にあった。
館長、学芸員が留守で受付嬢にいろいろ聞いた所、親族の方が時々来られるとの事である。
今年(2018)は、小林袈裟治(朝治)生誕(1898)120年で「知られざる珠玉のコレクション展」が2月から5月まで開催されている。
朝治が愛媛県北宇和郡吉田町に来たのは、昭和2年1月のことで町立吉田病院の眼科医長として赴任した。彼は直ぐに芸術的活動を始めた。洋画展を開き、演劇を試演、吉田新報に「吉田風物画帖」を連載した。昭和6年7月に吉田病院を依願退職したが、吉田の風景を56点版画で残した。4年半の吉田在任期間で版画、油絵、詩、俳句、演劇など精力的に活動するマルチタレントだった。
故郷須坂に帰った朝治は同年8月眼科医院を開業した。
帰郷した彼の創作活動は更に発揮され数々の美術展に出品し入選した。
「須坂版画美術館」には「平塚運一版画美術館」が併設されており、展示室1、2と小林朝治記念室がある。
館内の撮影はダメというので目に焼け付けるしかない。




須坂市内)