「トランパー」出版まであと35日(ふるさと・なつかしの吉田)

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【予告篇ムービー】


「トランパー」を執筆する過程で愛郷家からいろいろな
資料が提供された、その一部をアップする
亀三郎が生きた時代はまことに活気にあふれ
人々の一生懸命な息遣いが伝わってきそうだ
しかし亀三郎の莫大な寄付はスケールが違う
ふるさとを愛する心は相当なものであった
学校を始めありとあらゆる公共施設に自分一代で
稼いだ大金を惜しみなく散じ社会還元を果たした

(安藤神社の春祭り)
昭和13年亀三郎の主唱で吉田祭統制維持会が結成され
亀三郎は1千円の寄付をする
祭装束一式を新調、徒歩練りとして大いに盛り上げた
しかし戦後はいつしか廃絶したという

(喜佐方小学校、亀三郎の記念植樹)
昭和12年校庭を拡張するのに多額の寄付をした
亀三郎71歳の写真

(海水浴・知永)
知永の浜は山下高等女学校の指定水泳場だった
凄い人の数だがやぐらを組んでいるのだろうか?
トップヘビーだ!


(草相撲)
桜橋の上は見物人で一杯
大正11年亀三郎らが寄付で吉田病院が建てられた
4月開院式を祝って草相撲が催された
吉田病院は立派な医者がいて近郊から患者が押し寄せた


(出征兵士見送り)
昭和17年吉田港桟橋で出港する船を
見送る親族たち
静かな湾で見送る人たちの声が聞こえてきそうだ


(桜橋)
横堀川は引き潮で水が少ない、見上げれば犬尾城の山
何時ころの写真か定かでないが静かで鄙びた感じがいい
草相撲ではここいらが一杯になる