『欧米独断』 第一北米篇(海運論)

 貿易は国旗に随うの套語は、武力に伴ふと解したる当観念の余韻猶耳底の消えざるが如き不快感なくばあらず。改めて貿易は船舶に伴ふと正すを以って妥当なりとす。移植民亦航路の開くるに随うは明白なり。太平洋沿岸オレゴン、ワシントンの二州及び英領コロンビア州に於いて我国人の著しき発展を示すに至る郵船、商船両社がシャトル、タコマの二航路を開始したるに負うところなるは知らざるものもなかるべく、近く南米航路の桑港に寄するを廢せんとするの擧は我国人の移住に資する蓋鮮少ならざるべし。
吾輩の米国に在るや、僅かに二旬桑港、ポトランド、シャトルバンクーバー、紐育往くとして社外船の1,2隻の揚げ荷、積荷に忙しくを見、船に就て船蒋以下を慰問し、貨物の集散、船舶の寄泊往還に就いて談話を交換するほど愉快なるものはなかりき。特に関係深き宇和島運輸会社の豫州丸が紐育に来り往還の貨物を満載するを見たるは親友の幸運を祝するの想あらしめたりき。
海上の人として航海に於いても漁業に於いても我国人の列国民より優秀なる吾輩別に論述するところあり、再贅するの邊なきも、貿易の不振を救い、移植民の繁栄を庶幾ふ者は船員の待遇に留意し、国家の干城を遇するに降らざるの優待を與ふべし。又個人たると会社たるとを問わず、船主に声援し、過誤ならしむるも、海国民の一大義務と見るを適当とすべし。大戦中の所謂船成金なるものが、殆ど全滅し、郵船商船の二大会社が経営難に陥れる如きも、彼らに経営上の試練の缺くるありて、大西郷の所謂富貴に處る能はざる為なりとは言え、国民一般の注意誘掖の缺くるあり岡目八目の助言を缺きしと曰ふは事実を誣ふるにはあらざるなり。郵、商二大会社が株屋に弄はれて、不況と改良に備ふべき、大蓄積を煙散霧消せしめたるは、株の当所有者が、配当本意の害毒の酷しきを又深く戒めざるべからざるなり。
蓄積の多きが為に株式価格の昂騰するは望ましきも、配当を多からしめんが為に株価を高らしむるの非は個より船舶に限るにはあらざるなり、総ての物価、賃銀の高きを理想の如くに考え高価の影響が何処に如何に反應するかを知らざる我が国民は宜しく英国の造船が和蘭に移らんとしつつあるを見るべきを付言して一艦戒を加ふ。
和蘭の造船費が英国より低きを知らば可なるのみ。
(4月13日南米渡航中大西洋上ファンに煽がれつつ)