吉田三傑「村井保固傳」を読む 45

反對癖と包容量

 次に趣味と云ふには当たらない嫌ひはあるが、村井にはよく反對する癖がある。
伊藤博文陸奥宗光は互いに相許す親密な間柄であつたが、この伊藤にも反對癖があつた。陸奥が何か伊藤に献策しやうとする場合には、豫め甲、乙、丙の三案を用意し、先づ甲案を出して見ると頭から反對される。然らば斯うしては如何でせうと乙案を示す。是も否決される。最後に丙案を出して始めて御採用に預かる。
何んぞ知らん陸奥の本意は初めから丙案にあり、甲乙両案はバロンデッセに過ぎないのである。
 大倉和親が事業のことに就き、村井に提案して賛成を仰ぐが、大抵定まったやうに反對される。此方も負けて居らず、熱心に主張の理由を述べれば、村井の方でも頑強反對する。然るにいつも一両日經つと不思議に前の献策を容れてくれる。
孔明孟獲の七擒七縱ではないが、七度び出して七度び反對され、後にその中六度まで採用されて居る。詰り孔明は七擒が目的でなく本意は七縱であつた如く、村井も亦信用する部下の言は採用したい、又初めから採用する肚ではある。されど賛成する前に先づ楯の両面から議論を戰はせ、慎重に問題の得失を檢討した上、最後に熟慮断行と出る。詰り伊藤を反對の爲めの反對とすれば、村井は賛成の為めの反對である。
併し村井には又これと反對の逸話もある。紐育在留の邦人間で、関西貿易の上野榮三郎と森村組の村井を對照して、前者を下向き漏斗に、後者を上向き漏斗に喩へたことがある。人が上野に何か提案すると、頭から反對して滅多に受け入れる気色がない。その代り採用したら絶對自由に實行させる。村井は然らず献策があると、鷹揚に受けて清も濁も構はず包容してしまふが、扨て實行の榮にあづかるものは極めて少ない。即ち上野は下に向けた漏斗であるから、入口は小さいが中に入ると廣い。村井は上に向けた漏斗で受附けは廣いが、中に入る口は細い意味である。
何にしても村井の大腹は有名なものである。彼には清濁も硬軟もなければ内外も大小もない。総てを呑み尽くし嚙みこなして、少しも擬滞する所がない。
 彼は常に人間は周囲を美風化する義務がある。家庭にあつては愉快な主人となり事務所に來れば全店内をチアフルな気分に充たさねばならぬ。チアフルの及ぼす感化は人生に偉大な功徳を與へると云つて居つた。
山下亀三郎がー度、永井儀三郎と村井を晩餐に招いたとき、村井は室に入るや否や『山下君、君は近頃大分威張ると云ふぢやないか』と忠告の巨砲を半分は冗談、半分は真面目でチアフルに発射するから、妙に相手の感情を損せずして利き目は100パーセントである。チアフルと共に今一つ彼が信條としたのはサアビス(奉仕)である。彼曰く『商品を買ってくれる御得意は吾々の爲めに主人である。この主人が一度切りで二度と來てくれぬやうでは、此方のサアビスが足らぬのだ。次に吾々に商品を卸してくれる問屋も、吾々との取引に滿足して永続させる爲めには、充分にサアビスを提供しなければならね。次は吾々の使用人が喜んで最善の努力をしてくれなければ店は繫昌しない。彼等に滿足を與へる爲めにもサアビスが要る。最後に資本主にも相当の利潤を儲けさして上げなければ店が続いて行かぬ。
斯様に吾々は四人の主人を持ち、それぞれにサアビスをして總てを滿足させねばならぬ。サアビスなる哉。サアビスなる哉。リップサアビス即ち空世辞を除いた外の、サアビスなら万能疑ひなしと云つて、戯れにサアビスの子守り唄を作り、リヴアサイドの宅で孫をあやして居つた。

serve, serve, serve, more serve more life
less serve, less life, no serve no life.